両備グループ 代表 兼CEO
小嶋光信
平成30年5月21日 岡山市公共交通網形成協議会 第1回協議会 発言要旨
まず、私の長年の願いであった協議会がこうして開催されたこと、開かれた場で発言の機会を頂いたことに岡山市をはじめとした関係各位に深く御礼を申し上げます。
私は40数年間交通事業に携わり、20年来規制緩和の弊害に身体を張って向き合い、数々の地域公共交通を再生し、実証しながら、弊害を補完する地域公共交通活性化再生法や交通政策基本法の成立に尽力してきました。
本日は、岡山市の地域公共交通の課題と将来像について、両備グループ3社を代表して意見を申し上げます。
また今回の協議会はあくまでも岡山市が対象ですが、今年2月8日から行っております一連の問題提起は、全国的な地域公共交通の課題として知事会や市長会でも注目されておりますので、岡山市の問題とともに、あえて、現行法の問題点にも踏み込んで言及させていただきます。
今回申し上げたいことの大きなポイントは、大きく4つです。
①競争から路線網維持へ
②公共交通再生への3方策(法整備・財源確保・利用促進 )
③岡山市の公共交通網のポリシーと夢の必要性
④「交通連合」を岡山市において実現すること
地域公共交通の実務家としての経験を地域公共交通の維持・発展のために活かすべく、今年2月8日に国や岡山市へ問題提起をしました。心苦しくも廃止届の提出及び取り下げという形での問題提起となったことで、利用者の皆様を始め関係する皆様には多大なるご心配をおかけいたしました。
しかしながら結果として国土交通省の石井大臣が記者会見にて3つの大事な発言をされるに至りました。
平成30年2月13日 国交省石井大臣記者会見 *1 発言骨子
1.地元自治体と関係者の協議を促し、国も参画して積極的に協力する。
2.現行制度では地方の競争と路線維持の両立は難しいと理解した。
3.岡山のみならず全国の課題として実態を把握し、地域公共交通活性化再生法を活用した地域における公共交通維持への取組みを支援する。
これらの発言は、2月22日の衆議院予算委員会の質疑応答で安倍首相からも引用されたことで、政府見解になったと理解しています。
こうした経緯を受け、始まった岡山市の本協議会においても、課題解決に向けて貢献していきたいと考えています。
少子高齢化の地方においては、過当競争を招く競争から路線網の維持が利用者の利益として重要になり、その体制づくりが急務です。
地域公共交通のサステナブルな維持・発展へ向けた課題は次の3点です。
A.法整備
B.財源確保
C.利用促進
道路運送法を早急に改正し、交通政策基本法と地域公共交通活性化再生法・改正法との整合性を図る必要があります。これは、5月10日の衆議院総務委員会での野田総務大臣のご答弁
「規制緩和制定の2002年と今では時代が違う。今の日本は人口減少や特に高齢化が著しい過疎地域になっています。そこで地域公共交通を維持することは、とりわけ重要な課題と私たちは認識しています」
という方向性にも合致しています。
法改正は、2つの方向性で行うべきと考えます。
①中心部の過当競争の是正
●需要の少ない地域公共交通網でのクリームスキミングの問題は、運行回数だけでなく一部の黒字路線だけを狙った場合も含まれることはイギリスの例からも至極当然で、慎重に議論されるべきです。
●郊外路線のキロ当たり運賃の基準を中心部に適用することによる、「100円」などの極端な 低運賃では、市内交通網の維持は困難です。
●既存交通事業者の黒字路線への参入は、周辺の内部補填していた赤字路線の補助金発生につながり、結局、自由競争と言いながら既存路線への新規参入は競合会社の収入奪取を迂回して税金で賄っているのと同じとなります。
●「不当な競争」とは、運賃格差だけでなく、早朝・深夜の運行や、大型車の多頻度運行によるラッシュ時の輸送力確保といった、コストはかかるが生活の足として必要な運行の確保という点においても、起きていると言えます。
②郊外部とあわせた公共交通網の総合的な発達
●郊外部における利用者の利益は、競争による低運賃化ではなく、路線網の維持に重点がある。「地方では競争と路線網維持は両立しない」という認識が地方自治体には必要です。
●単独申請での判断だけではなく路線網全体の維持に与える影響を考慮し、全体としての最適化を図るべきです。
●岡山市のような交通の結節点での路線網協議は、周辺自治体への影響が大きく、広域な自治体を含めた地域協議会が必要です。
●路線網維持対策としての参入、休止、退出のあり方も申請される以前に協議会で慎重に審議されるべきです。
●道路運送法第9条第6項および第9条の三の第2項の「不当な競争」、第30条第2項「健全な発達を阻害する結果を生ずる競争」、第1条の「総合的な発達」の判断が規制緩和の嵐の時代と少子高齢化で人口減少時代では競争の意味合いが異なることを理解すべきでしょう。
参考:1980年代のイギリスにおける競争政策の失敗 *2
1980年代のイギリスが公共交通に「競争政策」を持ち込んで大失敗した世界的に有名な先例に学ぶ必要があります。法外な高い運賃、混雑路線は安い運賃ということで路線網全体の健全性と公共性が損なわれました。
少子高齢化社会での地域公共交通の将来を見通す財源の危うさを解消しなければ、地方の公共交通はこの10数年で半減する危険性があります。地方自治体は「少子高齢化で人口減」⇒「利用客の減少」⇒「補助金の増大」⇒「交付税の減少」の負のサイクルに苦しんでいます。
地域公共交通の現状
●規制緩和以降、全国各地で乗合バス事業者31社が経営破綻し、バス路線網約15,000キロのうち3.5%が失われました。
●路線バス事業者の83%(138社)が赤字(平成27年度)、鉄軌道の74%(71社;同年度)が赤字で、地域公共交通事業の赤字体質が常態化しています。
●両備バスも営業赤字11,490万円/平成27年度、営業赤字13,060万円/平成28年度、岡電も電車・バス合計で営業赤字2,360万円/平成27年度、営業赤字5,420万円/平成28年度です。企業単独での地域の路線網維持は非常に難しい状況です。
●規制緩和後の収益低下に伴い低賃金化が進み、例えばバス運転手の所得は全産業平均に対して約100万円も下回る状況となり、人材確保、さらには路線維持が困難となりました。
課題解決のための財源確保
●交通目的税の制度化の国への要請が必要です。世界の先進国をいち早く見習うべきです。
●補助金制度に加え「公有民託」、「公設民営」、「公設民託」や「交通連合」への取組みで、社会的損失を回避し、社会的な効率性の活きる体制が必要です。
●特別交付税への自治体の不信頼があり、思い切った再生ができない原因になっています。少なくとも交付税の丼勘定を改め、特別交付税だけでも別枠にすべきです。
どんなに制度を創り、財源を確保しても、乗ってくれない公共交通を維持し続けることは難しいでしょう。
●公共交通利用を進める国家的運動の提唱として「乗って残そう公共交通国民運動」を地域と国を挙げての取り組む必要があります。
●公共交通を利用する社会での環境、健康、都市の交通混雑の緩和は都市の安全と活性化を図ることになります。
ここまで述べてきた通り、地域公共交通の維持・活性化は重要であり、そのために現在の法律・制度は岡山を含め全国的に弊害となっている部分があることから、それらを是正することが必要と考えます。しかしながら、それを待たずともできることはあります。
本協議会はまさにそのために設立されたので、弊社としてもその取り組みに貢献し、できることを皆様とともにどんどん進めてまいりたいと考えております。
私たちのめざす岡山市の公共交通網の姿と、その実現方法について、以下に述べます。
地方創生の要の一つは公共交通網の維持であり、地域活性化のためにも市民に寄り添う公共交通への「夢」が必要です。その前提として、イギリスのように「公共交通政策の思想」を加味した公共交通ポリシーが必要と考えます。
(1) 人命への損害の回避 … 交通の安全、安心、生活路線の維持
(2) 社会的損失の回避 … 交通混雑の社会的損失、環境破壊、市民の健康など
(3) 持続可能な発展の実現 … 地方での消耗戦となる競争の回避とネットワーク維持
(4) 交通利用の選択肢の確保 … 電車・バス・徒歩・自転車など多様な選択
岡山では、例えば以下のような方向性で公共交通を発展させていくべきではないかと考えます。
①複数の交通手段を組み合わせた充実した公共交通網
●全国有数の交通結節点である岡山駅をはじめとした、鉄軌道とバスの結節点の機能強化
②中心市街地内の回遊
●路面電車、バス、自転車、徒歩を組み合わせた中心市街地の回遊性確保
③周辺地域も含む魅力ある岡山都市圏
●倉敷市、瀬戸内市、玉野市、総社市など周辺都市も含めた便利な観光周遊ルートの提供
●周辺地域も含んだ都市経済圏の発展
④ICTを活用した高度な運行と情報提供
●時刻表、バスロケなどのオープンデータ化を進めることによる、多様で利便性の高い 情報提供
弊社としての取組みについても、行政や他の交通事業者と連携することで、下記のように更なる発展が期待できます。
(例1)バスから路面電車への乗継による渋滞回避の取組
●バスと路面電車を追加料金なしで乗り継げる「直通運賃」の実施
●東山における所要時間案内を実施し乗継を促進(下図)
両備バスの東山バス停付近にて、岡山西大寺線の東山から岡山駅までの所要時間を、両備バス社員が路上にてボードを掲げてバスの運転手に伝え、運転手が車内アナウンスにてお客様にご案内するものです。
これによりバスに乗車中のお客様は、バスに乗り続けた場合の所要時間を簡単に知ることができ、路面電車に乗り継いで渋滞を避けるかどうかの判断がしやすくなります。
●今後、道路管理者(市)、岡山県警と連携することで、バスと路面電車が一体となった乗換結節点の実現を目指せます。
(例2)ICTの活用による待たずに乗れるバスの実現
●デジタルサイネージ、スマホアプリ等によるバスロケ情報の提供
●バスロケデータとAIにより遅れの少ないダイヤを実現し、遅延時間が半減(下図)
●今後、他事業者と連携し、運行間隔の均等化や、利用者にとってわかりやすい統合的な情報提供などの実現が目指せます。
このような公共交通網が実現することによって、利用者、地域、交通事業者、市には次のようなメリットがあると考えます。
利用者:車が無くても公共交通で便利に移動ができる
●渋滞から解放される
●免許を持てない高齢者、若者も自由に移動できる
●お出かけにより心身が健康になるとともに生活の質が向上する
地域:便利な公共交通で人々が行きかう賑わいのある街
●住民が活発に移動、交流するようになる
●観光客が広く回遊するようになる
●結果、町が賑わい、地域経済が活性化する
交通事業者:継続的に維持、発展できるだけの収益の確保
●交通網を維持、拡張できる
●安心、安全な交通を維持できる
●サービス、設備を改良することで魅力的な交通手段を提供できる
岡山市:余計な財政負担の軽減、魅力的な街へ
●民間事業が自立的に運営されることで、余計な財政負担を削減できる
●公共交通へ投資することで、道路の建設・維持に対する財政負担を削減できる
●世界に誇る「公共交通先端都市 岡山」へ
~そして公有民託・交通連合の実現~
郊外部の利用者が非常に少なく民間では維持困難な部分については、市や地域とともにそれを支える仕組みとして、「公有民託」への移行を提案します。
将来的に地域全体では、少子高齢化で人口が減少していく中での交通網維持のために、「交通連合」に進むことを提案します。
「交通連合」において運行は各交通事業者が独立性を保ちながら担いつつ、交通計画は地域全体で統合的に全体最適の視点で設計されます。
この実現により、利用者にとっては交通事業者の垣根を越えて使いやすい交通網が実現し、交通事業者にとっては過当競争をすることなく効率的な運営が可能になります。
「交通連合」はヨーロッパ各都市や、アジアではソウルなどで実現されています。
本協議会を通じて、日本の法制度を考慮し、岡山の地域事情にあった交通サービスの運営方法を模索していくことが重要と考えます。
協議会は「諮問機関でなく実行機関」であり、あらゆる関係者の英知を結集し、意識を共有して取り組む場と認識しています。
もちろん両備グループは事業者として先頭に立って改革に取り組み、実際のサービスの部分で結果を出せるように努力しますが、市民・行政各位と一緒に取り組むことが必須です。
そのため私たちはまず情報公開に努めます。
具体的には、議論の土台となる不採算路線の乗降・収支等の情報開示、および時刻表やバスロケデータのオープン化を行います。
また、本資料は自社Webサイトへ会議終了後に掲載予定です。そして協議会の場にて、解決策の提案、議論への参加に努めてまいります。
今回の岡山市での公共交通問題により、全国で改めて少子高齢化の人口減少時代の公共交通網維持の問題が再認識され、岡山市のみならず全国の地域で健全で秩序と発展による持続可能で市民に寄り添った望ましい公共交通のあり方に議論が進んでいくことを熱望します。
*1 2月13日の石井国交大臣の会見での発言要旨
(1) 今後、地元自治体をはじめ地域の関係者による協議が行われるものと考えられます。国土交通省としては、その協議に参画し、全国の事例を通じた助言や各種支援策の活用など、積極的に協力してまいりたい。
(2) 小嶋代表の御発言は、現行制度において、地方では競争と路線の維持を両立させることは難しいという御指摘だと理解。
(3) わが国において、人口減少や高齢化が進む中、これは岡山に限らず、地域において必要な公共交通の維持を図っていくことは重要な課題であります。国土交通省としては、岡山をはじめ、各地域におけるバス事業の状況もしっかりと把握、検証しつつ、地域公共交通活性化・再生法を活用した地域における公共交通維持への取組を支援することをはじめといたしまして、地域公共交通政策をしっかりと進めてまいりたい。*2 1980年代のイギリスでの競争政策
1. 一定の登録要件で自由に新規参入が可能となり、「バス戦争」が勃発、路上での乗客争奪、補助金は減ったが赤字路線は大幅な運賃上昇などで過当競争の結果、バス利用客の減少には歯止めが効かず。
2.新規参入の多くは都市部の混雑区間にピーク時のみ運行するニッチ事業者、いわゆるクリームスキミングであり、事業者間の競争は主に大手対ニッチという構図。
3.一方、ロンドンでは規制緩和を行わず、フランチャイズを一路線一社制で行った結果、バスの輸送人員は増加傾向。
4.コンスタビリティー確保のために自治体がオペレーターとの間でクオリティーパートナーシップ(QP)を締結。
以上