「公共交通再生の実現へ向けてー和歌山電鐵と中国バスの再生事例からの検証ー」交通権を認める交通基本法で「エコ公共交通大国」の実現を目指して

両備グループ 
代表 小嶋光信

1.平成11年 社長就任時の公共交通政策への危機感

ア)規制緩和と地方の三位一体政策による地方財政悪化で地方公共交通は壊滅する
私は1999年、両備グループの中心である両備バス(現・両備ホールディングス)の社長になり、改めて公共交通事業の分析をして驚いた。それは、路線バスの規制緩和を2002年に控え、日本の公共交通政策が現状のまま続けば、毎年2~3%の顧客減少が数十年にも及ぶ業界環境の中、補助金をもらわず頑張ってきた両備グループの電車や路線バス事業でさえ、今後、約10年で駄目になると推測されたからだ。勿論、補助金をいただいていた赤字企業は、規制緩和のとき、すでに大きな繰り越し欠損を持っていたから、数年しか持たないだろうとも予測していた。

イ)公共交通を民間任せにしている先進諸国は日本だけ → 「交通権」の概念が必須
研究の結果、先進諸国の中で、公共交通を民間に任せきっている国は日本だけだということが分かった。特にヨーロッパでは、道路を作り、マイカーを増やす政策をとれば、顧客の半分以上がマイカーに移行し、公共交通は経営できなくなるだろうという末路を知っていた。
従って、マイカー時代は、交通弱者という免許を取得できない子ども達や、免許があっても運転できない高齢者や、経済的に運転できない人達を生みだし、マイカー政策だけでは、交通の自由な往来ができなくなるという懸念があることを知っていた。そこから、フランスなどを中心に、ここに等しく国民に交通を保証する権利、すなわち「交通権」という概念が生み出された。
そして、その交通権を保証する手段として、「公設民営」という方法が一般的にとられ、上下分離により、行政と民間の役割分担が行なわれている。

ウ)誤った費用対効果の概念の導入 → 公共交通事業の衰退を招く
状況の違いの理解が十分されないまま、地方では規制緩和により、ほとんど赤字の路線バス事業なのに、補助金制度が大きく変革し、補助金の総額が大幅に減少した。誤った費用対効果の概念の導入で、路線の減少、公共交通を担う企業の倒産を招くこととなった。唯一の収益源として、赤字路線維持のために始めた高速バスも、違法ではないかと思えるツアーバスや高速道1000円政策で収益力を失って、逃げ場がなくなった。

2.公共交通衰退の理由と改善策

一般的に、公共交通衰退の理由としては、下記の5点が考えられる。

(1)マイカー時代の到来で利用者の50~60%の顧客を喪失したこと

(2)地方都市のスプロール化により、交通渋滞が慢性化し、路線バスが定時性を喪失。それが悪循環となり、一層マイカーを増加させる結果となったこと

(3)補助金行政の副作用により、

ア)経営不在を助長する結果となったこと
コストを削減すれば補助金が減るという誤った経営感覚が生まれ、経営改善努力が進まなかった。これは中国バスの再建で明らかになったのだが、観光バスが1台1千万円高い、燃料がリッター10円高い、部品価格は3倍で、勿論、人件費も同様に高かった。「会社の信用が低いため高い」という事情もあったが、まさに異常なコスト高であった。安く買えば補助金が減るという経営マインドが醸成されることが大きな原因だった。この「補助金を増やしたい」という誘惑は、実際再建していると生まれる誘惑だということが分かった。

イ)顧客不在の自滅的な労使不仲を助長する結果となったこと
ストをして顧客が減少し、業績が悪化すれば、逆に補助金は増加し、業績が悪化したら運賃を値上げし、値上げで顧客が減少して業績が悪化すれば、また補助金枠が拡大するという誤った経営判断と労働運動を生み、「負のサイクル」となった。

(4)規制緩和が衰退に拍車をかけたこと
衰退産業の規制緩和は、過当競争を生み出し、参入の緩和から供給過剰を引き起こし、あらぬ競争が不当廉売を生み出し、経営を維持するためにコスト引き下げの必要から賃金が低下し、結果、労働の質が低下することで事故を増やし、安全・安心の喪失につながっていった。他の産業より低い賃金によって、良い人が集まらぬという人材力の低下が起こり、さらに業界の衰亡を招いている。

(5)公共への誤った費用対効果の概念導入
公共という事業は、儲からなくても国民へ保証しなくてはならない事業だが、その公共事業に費用対効果の概念が持ち込まれ、儲からない路線やバス事業はやめれば良いという理論で、路線廃止や事業の縮小、もしくは廃止が地方で加速し、ついに地方では老人や子供の移動手段がない地域が現出してしまった。
公共的事業の非能率、非効率の是正はしなくてはならないが、誤った費用対効果の概念導入により、地方では、すべての公共事業が廃止・縮小しなくてはならなくなる。

3.公共交通を残す決断

公共交通衰退の理由として考えられる点は前述の通りだが、本来、公共交通とは「儲からなくても住民に保証しなければならない移動手段」であるはずだ。その点からも、これは大変だということで、早速、公共交通再生に向けての努力を開始した。我々をここまで育てていただいた事業は公共交通であり、両備グループ100周年として社会へのご恩返しをしようと決意した。

(1)「公共交通利用のパネルディスカッション」を開催
パネラー(利用者代表)としてご参加の女性が、バスや電車による通勤・通学の占める割合が10%以下と知って、90%以上はマイカーや自転車や徒歩であり、むしろ輸送割合が大部分を占めるマイカーこそが公共交通だと発言された。その上さらに、もうそんな割合しか輸送していない電車・バスはなくても、地方ではマイカーで十分だと言うのだ。この認識には、正直腰が抜けるほどビックリした。彼女は生活ですでに電車・バスを使うことがなく、必要性を全く感じていなかった。

私は、「公共交通というのは、利用者が多い少ないということではなく、それを必要とする、免許を持たない子供達や、運転できない高齢者の方々に移動手段として社会が備えていなくてはならない交通手段ということです」と説明した。続けて「貴女にとって今はマイカーで生活に支障はないかもしれませんが、お年を召して運転できなくなったときに必要となるのが公共交通なのです」と述べると、渋々納得されたようだった。マイカー時代の恐ろしさは、働き盛りの社会人達が一番、その必要性を痛感していないということだ。いずれは公共交通のお世話になるのだが、世論として声の小さい交通弱者の皆さんだけが必要性を感じる交通手段だということが、ミスリードになった規制緩和と地方の公共交通の衰退に歯止めが掛からなかった一因かもしれない。

(2)「岡山県公共交通利用を進める県民会議」を結成
社会的な公共交通復権の錦の御旗として、「岡山県公共交通利用を進める県民会議」を結成していただいた。年に一回、岡山県知事が公共交通で通勤する、月に一度、10社程度の大手企業が公共交通利用の日を定め、社員がマイカーでなく可能な限り公共交通を利用するという程度の運動だが、皆さんのご協力は涙が出るほど嬉しかった。

(3)「オムニバスタウン」の導入
岡山市、福山市でオムニバスタウンの導入をお願いし、バスの利便性の向上を図った。

(4) 魅力ある定期や割引の導入
パーク&バスライドやEー定期券(エコ定期券)、ことぶきパスやサマーKidsパス(夏休み子供パス)などの魅力ある定期や割引を導入した。

(5)フランス生まれの広告付きバスシェルターを設置
バスシェルター無しのバス停では、お客様にバスを待っていただけないので、雨や風の日でも快適にバスをお待ちいただけるよう、広告を付けることで管理費が無償のバスシェルターを作ってくれる三菱商事との合弁会社エム・シー・ドゥコーのバスシェルターを日本で初めて岡山市に2基設置し、それが契機となって全国的に普及した。

(6)「時刻表見えルン♪」(簡易設置型 バス時刻表照明装置:LEDランプ使用)の開発
暗闇の中ではバス停の時刻表が見づらいので、両備グループのソレックスで簡易夜間照明を開発した。
半永久的に使用可能なLEDランプを使用し、電池式で半年間メンテナンスフリーの優れもので、どんな既存バス停も5千円弱で照明付きバス停に変身して、高齢者の皆さん方に喜んでいただけた。

(7)競合会社との共同運行
共同運行により、クリームスキミングや行き過ぎた競争の改善を図った。
以上、利用促進を図るプランを次々と実施してみたが、お客様の減少は止まらず、それでは目に見えるように「21世紀のまちづくり」を提案することにした。

4.公共交通の再生

「21世紀のまちづくり」・・・それは名づけて「公共交通利用で、歩いて楽しいまちづくり」運動だ。そのために、まず下記の事項に取り組んだ。

(1)未来型LRT「MOMO」(100%超低床式路面電車)
地元・岡山市出身の電車のトップデザイナー・水戸岡鋭治氏のデザインで未来型LRT「MOMO」を2002年に投入した。このLRTは初めて開設された「日本鉄道賞」を受賞し、一躍、全国的に有名になった。MOMOのデザインは、富山ライトレールでも採用された。

(2)岡山市中心部の活性化
空洞化する市中心部の活性化のために、108mの超高層マンション2棟(両備グレースタワー)を建設した。高齢者の皆さんを中心に好評で建設着工と同時に完売した。

(3)公共交通の存続や再建への助言
市民団体の「RACDA」が中心となって、両備グループの岡山電気軌道の取り組みが全国に紹介され、全国から公共交通(バスや電車)の存続、再建や新規敷設等の相談が舞い込んだ。
一方、本来は岡山市内の電車の延伸や、バスの活性化を図るための施策だったが、両備グループの経営状態や、グループの中核的な会社・両備バスの経営に心配が無かったので、岡山市内では公共交通の将来不安を全く感じていただけなかった。必要を感じたときは手遅れだが、日本人は問題が起こらないと機運が生まれないことが分かった。それならば、実際に困窮されている地方の公共交通の改善にお力を貸そうということで、ボランティアで再建案を作り、助言をした。

◎ 津エアポートライン
地方公共交通再生のポイントは先進国型の「公設民営」だが、この経営スタイルは三重県津市から中部国際空港への海上アクセスとして開設した津エアポートラインで実証実験をして、成功することができた。

ボランティアで分析をお引き受けした結果、
(1)需要が少なくて、県内5航路は無理なこと
(2)津市からの航路が、需要が少ない中でも唯一期待でき、船や港、待合所や駐車場は公設とし、運航のみ民営とする案なら航路開設できること
(3) 3セクは責任体制が不明確で、意志決定が遅れるので、100%単独出資の民営会社とすることと提案した。

航路開設後、これが空港開業人気と万博効果で予想以上に、一過性の顧客増加で好成績だったのを横目で見た隣市が、相次いで一航路だけとの当初の約束を無視して航路を開設した。案の定、一過性の需要が剥げて、他航路は瞬時に業績不振となり、倒産や廃業が相次ぎ、その救済に両備ホールディングス(津エアポートライン)が松阪航路を再建することとなった。
その後から、次々と電車やバスの再建のご依頼があり、ボランティアで再建の処方箋を作成して差し上げた。

◎ 和歌山電鐵 貴志川線・・・年間5億円の赤字を公設民営方式と経営努力で、昨年度40百万円以下の赤字に削減し、補助金 約40百万円を返上
過去乗客年率5%で2005年度192万人が、2008年度220万人と、約15%増加

その中の一つが南海電鉄貴志川線で、年間5億円もの赤字を計上して、廃止が発表されていた。廃止発表と同時に、路線存続運動として「貴志川線の未来をつくる会」が展開され、約6千人もの熱心な会員の皆さんが「乗って残そう貴志川線」というスローガンで活動されていた。彼らから岡山電気軌道へ熱心なアプローチがあり、
(1)公設民営とすること
(2)運営会社は3セクとせず、100%単独出資とすること
(3)利便向上は和歌山電鐵内の運営委員会で計ること

上記(1)~(3)を中心に、5億円の赤字を年平均82百万円以内とする案を作って差し上げた。再建の要請をお引き受けしたのは、最終的に
(4)市民運動が上滑りでなく本物であること
(5)行政の協力体制がしっかりしていたこと
(6)地域が人口増加地帯であったこと
を確認できたことが意志決定の理由となった。

初代の常務取締役への発令は「朝晩は乗る方の乗務、暇な昼間は常の方の常務を命ずる」とした。和歌山電鐵の再生が順調に進んでいる要因は、市民団体の熱心な協力と、県と2市(和歌山市、紀の川市)がしっかりまとまり、行政努力をして下さっていること。年間49件ものイベントをはじめ、いちご電車・おもちゃ電車・たま電車という魅力ある電車の相次ぐ投入に加え、三毛猫のたま駅長の存在が大きい。

◎ 中国バス・・・再生で補助金2008年度1億円以上削減+事故8分の1に減少+苦情4割減少 過去の苦情が「おほめの言葉」へ

次に、広島県で経営難に陥った中国バスの再建を実施して、補助金制度の副作用や、不仲な労使関係が顧客離れを引き起こした主因であることを実証できた。
この中国バスも再建を始めたとき、地元の代議士さんがお礼を言って下さった。その際「地方の衰退と、地方公共交通の危機は、地方の実情を知らない政治家の責任ですよ」と申し上げたら、すぐに受け止めていただき、与党内に「地域公共交通活性化小委員会」を設置して下さって、第1回の委員会で実情をお話しした。
これらの努力を評価していただいて、政治家の皆さんや行政の方々の努力で、やっと地方における公共交通の衰亡から、土壇場で地域公共交通活性化の種々の法案になったと感謝している。

【再生の努力が地域公共交通活性化の種々の法案作りの一助に】
(1) 和歌山電鐵の再生が一つの参考となり、地方鉄道に「公有民営」の法制化が実現した。これで約90の地方鉄道のうち70くらいが生き残る可能性が生まれたといえる。

(2)中国バスの再生により、地方路線バスの非効率な補助金問題が解明され、補助金に経営改善のインセンティブ導入の法制化が実現した。
両備グループとしては、再生への提案だけでなく、中国バスは昨年度1億円以上の補助金をお返しできるように再生できているし、その効率化でインセンティブをいただいた。また和歌山電鐵も、昨年度40百万円補助金を削減している(鉄道にはこのインセンティブがないが…)。後述するが、補助金制度は、本質的に公共交通の再生には過渡的なもので、抜本的改革が必要といえる。
これらの法制化で、地域公共交通の見直し機運と、種々の支援体制ができたが、これで十分かというと、「やっと端緒」なのである。すでに協調補助は、黒字企業には有り難いが、地方の大赤字の路線企業では機能せず、バリアフリー、CNGなどの環境対応、ICカードやバスロケなどの情報化は、東京、大阪、名古屋の大都市しか進められない事態に直面している。

5.地方公共交通の今後の提案

◎ エコ公共交通大国の実現 : 年2千億円×10年間 = 2兆円の国民的プロジェクト

先年、韓国のバス事情を視察して分かったことは、日本の制度は、官と民の役割が不明確で、赤字補填が中心の補助金というカンフル注射に頼っている弊害がみえた。
韓国で行われている公共交通中心の政策は、バス会社が儲からず社会が便利になるバリアフリーや環境対策、情報化は行政100%で社会的装置として公共負担がはっきりしており、その面で日本ははるかに対応が遅れている。ICカードを入れても、最終的にはお客様便利だけで終わり、顧客が増えないことが両備グループでの導入からも分かり、導入の結果は大赤字の事業となってしまった。

ア)交通基本法の成立で、高齢化の進む地方の住民の交通権を公共交通で保障する
  * 道路造り → 公共交通の保障へ
  
イ)地方公共交通再生の切り札は「公設(有)民営」が前提
  70%が赤字企業、全国バス系統の69%が赤字で自己投資能力がない
  
ウ)乗用車 → バスでCO2 は4分の1に ・・・ CO2 25%削減の目玉に

エ)財源は、暫定税 → 環境税に変えるときがベスト
  ・ 現状では環境税に変える、国民的コンセンサスをとる目玉がない
  ・ 国民生活に直結する施策
  
オ)高速道無料化で2兆5千億円、地方の公共交通が全て「タダ」でも1兆円、どちらが国民生活目線か?

カ)高齢者が家から気軽に出かけられる → 老人性認知症は激減 → 最大の福祉

☆ 公共交通の再生は地方でやるべきと言っても、地方に財源がない
 → 財源は環境税を創設するときがチャンス
 
☆ 旧来の手法の補助金行政から、官と民の責任を明確化する「公設(有)民営化」へ

☆ 今が、地方に住む高齢者や子供達が自由な移動を保証され、安心して住める社会とするラストチャンス

☆ 未来に間違いのない、「地方公共交通」という社会的ツールのバトンタッチをしていきたい

◎「交通権」を認める交通基本法で、「おじいちゃんも、おばあちゃんも安心して出かけられる地方を創ろう!」

>第4回交通基本法検討会(PDF)