両備グループ代表:CEO
小嶋光信
ツアーバスの大事故は、過労運転とか、長距離運転だから、それを規制すれば治るというものではありません。ツアーバス業者が自主規制で、夜間450キロ以上は二人乗務でと言っていますが、そんなことで片づく問題でもありません。その程度の運転しかさせられない危ない乗務員がいることと、ツアーバス運行の観光バス業者の資質自体がむしろ問題なのです。高速道路では4~5時間の運転です。トラックはもっと走っていますが、こんなひどい事故は起こしていません。
それでは、原因は何か、抜本的解決法は何かを、机上の空論ではなく、現場に立脚した実態からご説明します。
1. 乗務員の安全への資質に問題があった。
大事なことは、零細な観光バス業者(貸切事業者)が、路線バス業者(乗合事業者)のように、旅客を運転する乗務員を採用する資質の見極め、採用後の訓練と教育、労働時間管理などが出来るかということです。
今回の事件では、地理もわからない乗務員が乗務し、決められたルートを走らず、おまけに雇用関係もなかったという最悪のパターンです。これは旧来の白バスに見られた体質が、そのまま規制緩和で観光バス業者になっても継続し、悪しき経営が行われていることの表われです。
正規の乗合の高速バス業者(高速路線バス会社と呼ぶことにします。)は、二種免許保有を条件に乗務員の採用試験をして、旅客輸送に足る運転技能と接客への適性と健康の確認をします。その後、訓練と教育を重ね、トラック等での長距離の運転経験の上に、バスでの短、中距離の経験を重ねて段階的な手順を踏むのが一般的です。
走る路線の地理が分からないということは高速路線バス会社では考えられません。
乗務員の走る路線を基本的に決めているのです。
ツアーバス業者は観光バスの庸車ですから、派遣される乗務員も車も一定していないことが多く、運行にふさわしい乗務員かどうかの確認など、社員ではないのでその点呼や労務管理が出来る体制にもなく、ツアーバスは重大事故を生む危険性の高い業態であると主張しているのです。
2. 安全を確保する企業力も企業体質もなかった。
安全を確保するには、まず前述の人的要因が大きいのですが、優秀な乗務員だから、任せっぱなしにすれば良いということにはなりません。安全の確保には、「良い乗務員」「確かな労務管理と運行管理」「安全な車両管理と整備」の3つの要件が必要です。
労務、人事管理の上に、運行管理、整備管理などの管理する企業力と企業体質が必要で、このような管理をするためには、人事労務責任者や運行管理者や整備責任者を専属に配置しなくてはなりませんが、5台とか10台程度の零細な観光バス業者では零細すぎて人材の確保も経済的余裕も、経営能力上も出来ません。にも拘らず、このような環境下でも許可されるように規制を緩和し法改正したことが本当の第一の要因です。
二種免許を持っていれば採用できるかというと、二種の免許はあくまでも試験での運転技能があるということで、そのまま採用はできません。
平成23年4月~平成24年3月までの1年間の実績採用は、応募者数129名に対して採用者数 はわずかに15名で、10名に1~2名しか適格者がいないという実績です。これは厳しすぎても、通常3人に1人くらいの適格者でしょう。
採用されない理由は、
あ)過去の事故歴、経歴詐称
い)技能に劣る
う)健康、メンタル上の問題
え)態度、言動などサービス業に不向き
お)過度な飲酒
などです。これらの採用上の見極めが労務担当者にあるかどうかが、大事なポイントになります。
採用されても下記のように一人前になるための、訓練と教育が必要なのです。これらのことは企業組織がしっかりしていなければできませんし、また乗合事業をやっていないと、ステップを踏んで訓練と教育が出来ません。
例えば、両備グループでは、
あ)採用試験について
①面接試験 ②実技試験
③ペーパー試験 :クレペリン・性格検査・大型2種学科10問
い)教育期間と内容について
・基礎教育 1週間
・整備工場 3日間
・玉柏教育 1日間
・岡山教育センター 2日間
・走行訓練 1週間
・乗務見習い 1週間 1人乗務見極め試験
・路線見習い 1週間
・一人乗務開始
う)高速バス乗務について
・大型車両 1年以上実務、実車経験のある方は(路線バス6ヵ月程度経験後)
所属長の推薦の上、乗務試験を実施。合格後、路線を決めて近距離便より乗務を始める。
・大型未経験者は1年の路線バス乗務後を目安とする。
一人の新入運転者を仕上げるのに、技量、経験の有無が関係しますが1ヵ月半程度を要するのです。
危険体質を生んだ根本問題
しかし、根本の問題は、乗務員と事業者の責任にしてしまっては済まない大きな法的、社会的、政治的背景があるのです。
1.本来ツアーバスは季節的、補完的なものだったが、規制緩和の時の拡大解釈で、本来4条業者としてやるべき乗合事業を、ツアーバス事業も可として認めてしまったことが主因です。
規制緩和は、本来経済的規制を廃して、既得権益者から既得権を奪って、消費者に有利なサービスを提供させるように「競争を促す」ことが目的でした。
ところが規制には、経済的規制と、国民の安全や安心を守るためのいわば安全・安心規制があり、乗合規制には、安全・安心の確保のために自社の乗務員で、自社の車両で、自社で労務や運行や整備の管理責任の義務を負わされていたのです。
お客が無くても運行する、バス停が決められている、運行経路や休憩の場所が決まっている、運賃に規制があるなどは、利用者を守るためにあったもので、それが高速路線バス会社の経済的なコストアップ要因になっていたのです。管理コストを払わないツアーバスが管理の出来ないのはむしろ当たり前です。運賃が安いのには手抜きという理由があったのです。管理のコストを削げば、危険体質になるということは、交通を熟知したものには自明の理です。だからツアーバスは危険体質だと断じているのです。
2.規制緩和によって、供給過剰となり、「過当競争による経営の喪失」が事故体質を助長したといえるでしょう。
10%前後の観光バス業者しか黒字のない事業にしてしまったのは、規制緩和の大失敗です。これは政治の責任です。行政は政治によって作られた法の執行をするだけなのです。悪法を変えねば、行政は変わりません。
運賃を守らないから経営が悪くなるということは、競争原理の理解のない議論で、価格は需給で決まるのです。供給過剰状態を正さなければ、価格は正常化しないのは、経済の法則です。
良く経営にならなければ、会社は潰れて、いずれ適正になるという議論があります。人の命をお預かりしていない産業なら、その無責任な放置で良いのですが、人様の命をお預かりしている事業では、大事故が起こり、その上法律を守る業者が倒れ、違法の業者が残る危険性が高いのです。現に、観光バス業界は伝統的大手観光バス業者の多くは分社化や売却で雲散霧消したケースが多いことでも問題の深刻さが分かります。
一方で需要の多くをワンボックスやマイカーに奪われて、他方では規制緩和で雨後の筍のように供給が増えすぎた観光バス業者は、運賃を下げて仕事を確保するしか術がなくなってきているのです。経営が苦しくなれば、品質が悪くなるのは当然で、安全の確保がなおざりになっている現実は、このたび実施しているツアーバスへ雇われている観光バス業者の実態調査で浮き彫りになるでしょう。貧すれば鈍するとはまさに観光バス業界を指す言葉のようです。
従って、仮にツアーバス事業を道路運送法第4条に移行するとしても、認可制にして、経営が安定して出来るかの審査が重要になります。
3.規制緩和が間違った要因は、経済的規制と安全・安心規制とのはき違いです。
前述のように、規制緩和は、本来経済的規制を廃するために行われるものですが、交通運輸業の規制は、経済的規制というよりは、本来人命やサービスの安全、安心のためにあった規制で、むしろ国民を守るためにあったものを、業者の既得権益と錯覚して、緩和したことが大きな間違いの原因です。一部の大手マスコミでも、この規制緩和の内容の把握がうわべだけで、交通運輸業の改善を規制強化や改悪と批判した論調が出るのは、如何なものかと思います。経済的規制による既得権益の保護に対しての批判は分かりますが、命やサービスや環境や高齢者を守る規制は強化しなければならないことを見落としているのです。そのためにも「競争促進」から国民の安全安心を守る様に法の精神を改めるべきですし、その根底には交通基本法などの大枠が必要だと思います。
ツアーバスの重大事故体質の改善法
従って、解決法は簡単で、ツアーバス業者は法律に沿って道路運送法の4条業者として乗合許可を取って、運転手を雇用し、自社で車両を手当てして、自社の運行管理、整備管理ですれば良いのです。
利用者への競争促進は安全・安心で、高齢者や身体障害者環境面での配慮の規制はしっかり行い、経済的規制を促進する部分のみ道路運送法第4条を緩和すれば済むことです。
間違いは、同じ業態を、二つの別の法律で認めてしまったことが原因なのです。ツアーバス業者にヒアリングをしたところ、通年型のツアーバスをしたいとご当局に相談したが、明確に路線類似行為として4条の申請をするように行政指導が無かったから、グレーと知りつつ実行したところ、無視できないまでに大きくなったということが本音であることが分かりました。
規制緩和により「競争を促す」ことが当時の社会風潮であったことが、行政の見極めを難しくしたと思います。
本来、観光業の法律には、バスの運行管理責任はないのです。その管理責任は運送法での4条業者に義務付けているのです。簡単に言えば、運行責任を持てないツアーバス業者に、観光バスを庸車して、路線バス類似行為を認めてしまったことが間違いの根本です。
そして、観光業法のツアーバス業者に運行責任を持たせて、罰則を設けてはという議論は、乗合の本来の意味を曲解している議論で、運行責任のない、乗務員も雇用していない、バスも保有していない会社に運行責任、管理責任などは本来持てるはずはないのです。これは全く実務を理解しない空理空論です。
何故企業規模もいるといっているかというと、社員を管理する人事労務管理、運行管理、車両、整備管理などの専属の責任者を置けるには、企業規模が必要で、最低2~30台くらいの規模にならないと、これらの管理人員を確保して経営できないでしょう。
台数で規制するのは難しいと言われるならば、労務人事管理者、運行管理者、車両、整備管理者の3人を専属に雇用し、配置せねば許可しないということで、許可要件に入れれば良いのです。さすれば零細の観光バス会社の許可は難しくなり、組織のしっかりした会社にしなくてはならなくなるでしょう。
最悪の結末は、ツアーバス業者を新4条業者にして、一部のバスだけを保有し、多くを下請けの観光バス業者に運行させれば、乗合事業に庸車を認めることになり、大問題を派生します。実際に庸車で運行しないツアー会社に運行管理責任を問うても、実際の管理をしていないので、問題解決になりません。
何度も申し上げますが、今回の事件を過労運転や、450キロ云々の走行距離の問題にしてしまったり、運行をしないツアーバス業者に新4条業者にして、ごく一部しか運行をしない業者で、下請け庸車体質を乗合事業に認めてしまうようなことは、是非慎んでいただきたいと思います。下手をすると旧4条事業、新4条事業、ツアーバスの三つ巴になり、それをすれば、拡大解釈で、乗合事業を実際に管理できない下請け業者に任せるという大間違いをしてしまうことになるのです。
路線事業そのものの線引きは難しく、乗合事業の在り方を間違えると生活路線の方にまで悪影響は広がり、更に苦境の路線バス事業の崩壊につながっていくでしょう。
国民の安全、安心を守る法案を早く法制化することが政治の仕事だと思います。5年前のあずみ野観光バスの事件の法整備を5年以上放置し、法的規制しなかった政治の空転がむしろ問題です。安全や安心を損なう「競争促進」の悪しき面を政治でしっかり変えないと、行政の皆さんは現状を変えなければならないと思ってもできないのです。行政は法に則って業務を執行するだけですから、解決するのは政治サイドの問題なのです。心ある政治家の皆さんは、きっとこのツアーバスの正しい改善法を理解していただき、正しく法整備が行われると信じています。そして、店晒しの国民の移動権を確保する交通基本法が早急に審議、可決されることを祈っています。
正しいあり方がキチンと検証されることを願い、過去の過ちを糊塗するために更に間違いの上塗りにならないことを心から祈っています。
子曰く「過ちて改めざる、これを過ちという」