(一般財団法人)地域公共交通総合研究所「設立記念:シンポジウム」~井笠鉄道の破綻で分かった地域公共交通の緊急課題~

(一財)地域公共交通総合研究所
代表理事(理事長)小嶋光信

この8月2日に総研設立を記念して、シンポジウムを開催しました。公共交通分野の研究では第一人者であり、研究のみならず具体的な活動や政策策定にも参画している東大大学院の家田仁教授、京大大学院の土井勉特定教授と名古屋大大学院の加藤博和准教授をお迎えしての「井笠鉄道の破綻で分かった地域公共交通の緊急課題」と題した緊急性の高いシンポジウムでした。

国土交通省から上原交通計画課長はじめ中国運輸局のみなさん、各県、各地の自治体の皆さんや、鉄道、バス、フェリーなどの事業者の皆さんが、北海道から九州まで全国からお集まりいただき、皆様の関心の深さに、改めて責任を強く感じました。

家田教授の基調講演で、「地域公共交通の確保は地方自治体の責務」であるとした欧州の実情から、日本の民間任せの地域公共交通への警鐘を鳴らしていただけました。

常々私が日本の「民間任せの地域公共交通は世界のガラパゴス」と申し上げていることの論理的な裏打ちを戴き、私の長年の研究と、その研究に基づいた再生、再建の実証実験として行った津エアポートライン、和歌山電鐵、中国バスや井笠バスカンパニーなどの取り組みが先生の研究に照らしても手前味噌のものでなかったと安堵しました。

地域においても公共交通は民設民営という定着した常識論を変えるということは大変な困難がいると思います。オピニオンリーダーや政治家、中央の行政の大半が東京に集中してしまっているので、人口の約半分の大都市の論理で政治や行政が行われているのではないかという懸念があります。このままでは、生活が不便で魅力を失う地方の人口は、ますます大都市圏に集中してしまい、いびつな日本になってしまいます。

マイカー時代の前から民設民営で高度に発展した日本の公共交通が、マイカー時代になりお客様の50%前後を失い、ジリ貧状態を補助金で支えてきたために、公共交通は民間がやるものと思い込んでいる日本の常識を、今後の地域公共交通の再生のスキームである公設民営や公設民託に制度や経営の切り替えをしていくのは、大変な意識改革が必要になります。

昨年10月12日に発表され、10月31日の廃止まで19日しかない前代未聞の井笠鉄道の経営破綻が起こりましたが、この破綻が特殊な破綻なのか、これから起こりうる破綻なのかが大きな課題であり検証がいります。

私が昨年2月に発刊した拙著「日本一のローカル線をつくる~たま駅長に学ぶ公共交通再生~」の170頁で記した「この5年から10年で、赤字の地域公共交通の大半が、再び厳しい経営状態となり、50%くらいの路線や会社は潰れるかもしれません。今まで、私の分析はほとんど当たっているのですが、この予測は外れて欲しいと思います」との予言が、この8か月後に見事に的中し、それも足元の岡山県で起こって私自身も本当にビックリしました。

今まで破綻した33社の状況と異なり、民事再生や、会社更生のスキームが作れないという理由は、下記のようにまるで枯れ木が倒れるような、全く立て直しの利かない破綻状態だからです。

一般的な規制緩和後の公共交通の破綻の原因は、

  1. 規制緩和の際、旧補助金制度の経営の副作用の問題が全く考慮されず、多くの会社が潰れるべくして潰れ、また今日まで尾を引いた
    規制緩和前は、赤字が出ればその約80%を補助金によって救済されたため、残りの20%部分の赤字がかなりの期間蓄積して債務超過に陥っている会社が多数存在した。この経営状態が全く考慮されず、鉄道会社33路線の廃線や33社の路線バス会社の破綻を生んでしまった。

    その後も倒れなかった企業の経営状態は、少子高齢化の進展で改善できず、極めて不健全な状態であった。
  2. 銀行からの借り入れが難しくなった
    規制緩和前は、仮に債務超過でも、地元の公共交通は潰れないとして金融機関が貸して支えていたが、規制緩和後は赤字や、債務超過会社には銀行の貸し出しが出来なくなった。
  3. 規制緩和で収益源を失った
    規制緩和後の補助金政策の変更で、業績が極めて悪くなった各社は収益源を観光や高速バスに求めていたが、同じく規制緩和により観光バスが大増車され事業として赤字化、高速バスもツアーバスの台頭で競争力を失って収益の貢献が減少し、路線バスの赤字を支えられなくなってしまった。
    また、バブル崩壊とリーマンショックで、不動産事業の収入に頼っていた各社も、大きな収益源を失い、不動産価値の下落で場合によっては経営の足を更に引っ張る結果になったといえる。

公共交通の規制緩和の議論に、

  1. 既に供給過剰の衰退産業になっていたこと・・・規制緩和で更に供給過剰と価格の低下が観光バスやタクシーのように業界破綻につながった。
    規制緩和は、供給が需要に追い付いていない産業には有効だが、供給過剰の産業には致命傷になるという簡単な経済学が分からなかったことが原因です。如何に言葉で踊る政治や識者や世論が怖いのかの証左です。
  2. 経営状態や、その後の金融行政の変化や資金調達という経営環境の変化が読み込まれていなかったこと

が、公共交通の衰退を招く結果になったと言えるでしょう。

今後の再建には公設民営か、公設民託しか方法がない経営状態のケースが増えると思いますが、更に井笠鉄道の場合は下記のような民設民営も不可能な理由がありました。

  1. 収益を支える路線が皆無なこと。
    収支率が50%程度と極めて悪く、経費の半分も収入が無ければ、民営は不可能だ。
  2. 少子高齢化で今後の旅客も減少を続けると予想されること。
  3. 赤字路線を支える収益を産む付帯事業が皆無なこと。
    観光バス、高速バスが若干の黒字のように見えるが、精査すると実態はトントンくらいの事業で、赤字路線を支える力はない。
  4. 補助金は企業の利益を産むことはなく、設備投資をする能力も全く無く、また車齢が20年超のバス車両が多く、今後の代替えの目途も立たない。従って、資産を保有する企業能力が生まれない。これが土地、建物、バスなどの固定資産を保有できない経営的理由だ。
  5. 補助金は後払いで、その間に支払われる人件費や燃料費などの支払い資金が無く、担保も無いため借り入れが出来ない。従って、運営する資金が銀行から借りられず、補助金制度では再建できない。

しかし、現行の法や行政と財源ではこのような破綻を救う方法は非常に厳しいと言わざるをえません。
従って、新たな法の整備と運送法の改正と財源が必要と言わざるをえません。

  1. 健全な事業者あってこその輸送の安全と利用者利益や利便が達成ではないか。
    規制緩和の前、運輸関連の運送法では、異口同音に、
    「第1条・・・○○運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに、○○運送に関する秩序を確立することにより、○○運送の総合的な発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とする。」

    規制緩和の後は、
    「第1条・・・利用者の需要の多様化及び高度化に的確に対応したサービスの円滑かつ確実な提供を促進することにより、輸送の安全を確保し、○○運送の利用者の利益の保護及びその利便の増進を図るとともに、○○運送の総合的な発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とする。」

    一転、事業者は顧みられず、安全確保と利用者の利益保護だけの法律に変わってしまった。このことがツアーバスなどにみられる大事故を生んだということで、経営の改善なくして、安全だけを求めても根本的な解決にならない。経営を知らない理想論だ。利用者の利益のためには、健全な供給者の存在が必須であり、適正な運営と公正な競争の確保と輸送秩序の確立による公共交通の総合的発展をベースに輸送の安全を確保して利用者の利益の保護とその利益の増進が図られるように改正されなければ、公共交通の使命は果たせない。

  2. 運送法の改正に先立って、交通(政策)基本法の制定と財源の確保が必要
    今回のような破綻が今後数十社出てくると想定し、今回のような枯れ木が倒れるような倒産の場合、緊急に対応する方法が中々取れない。まして一回倒れてしまって時間が経ってから再建しようとしても、需要は更に減り続けてしまって、現実は極めて難しいと言える。
    従って、地域公共交通健全化基金のような組織を作り、法的整理が出来ない今回の井笠鉄道のような場合に、直ぐに緊急入院し、新たな再建の仕組みが出来るまでのつなぎ資金と雇用と輸送設備の確保を図り軟着陸させる制度などを支える財源の確保が必要になる。
    今回の議論の、詳しい部分は、添付の書類を参照していただきたいと思います。
    我々の総研は、実際に再建してきた実務家によって分析し再建策をつくり、再生や再建の指導をも産学連携して行うという実務集団であると共に、実際に現場を熟知して研究している先生方とで政策提言を行って、法律の分野にもお役に立てるように頑張りたいと思います。
  3. 市民と自治体との意識改革と一体の活動がすべての前提
    家田教授が公共交通の維持確保は自治体の責務であり、国民の責務でもあると喝破されたように、現状のような大半の法定協議会でほとんど公共交通の利用者の姿が見えない状況では、この責務は果たせません。公共交通もまちづくり、地域づくりの一環ですから、もちろん利用者以外の識者や行政、事業者の参加が必要ですし、少なくとも三分の一から半分くらいは実際に利用されているメンバーの積極的参加が必要です。加藤准教授が言われたように、その協議会に参加するときは出来るだけ公共交通を委員の皆さんも利用するという覚悟が必要です。
  4. 地域公共交通は単なる移動手段だけではなく、総合交通福祉環境政策の一環といえる
    地域公共交通は移動手段であるとともに、地域の活性化のツールでもあります。東京都老人総合研究所の研究で、一日1回外出のご老人と1週間回外出のご老人とでは、歩行障害の発生リスクが4倍となります。また、外出頻度と認知症の発生リスクは一日1回以上外出する場合と、一週間1回以下では3.49倍となります。ご老人が外出することで、歩行障害や認知症の発生リスクが大幅に減り、元気なご老人の社会、即ち明るい高齢者社会が築けるのです。福祉の支出が減るうえに、ご老人に生きがいが出来るという一石二鳥の外出のツールとして公共交通が必用なのです。
    また、マイカーに比べ、環境にも良いツールなのです。

今回のシンポジウムを契機に、地域における公共交通の必要性と維持の確保が、如何に困難な状況にあるかお分かりになったと思います。弊財団は、実際の再建、再生の実務経験者と公共交通や政策に詳しい研究者を中心にした組織であり、コンサルとはまた異なる実際の問題解決のタスクフォースです。地域行政の財源が乏しいことも十分認識して、費用も財団として実費を前提に運営していきます。
参考につけた設立趣意書や事業の内容をご参考に何なりとご相談いただきたいと思います。

参考

地域公共交通総研設立趣意書

2001年、2002年の規制緩和以来、全国の地域公共交通を担っている路線バスや鉄軌道会社の70%以上が赤字経営に陥り、離島や生活航路を担う旅客船事業者の多くは船を造る企業力を失い、地域路線バス企業はバリアフリー適合車輌の新規導入はおろか存続の危機で、年々地域公共交通の路線が減少し、衰退している。

だが、苦境に立つ地域公共交通の、本当の病巣は何かを知る人は少ない。先進諸国で地域公共交通を民間に任せ切ってしまった国は日本だけという現実を知らずして、本当の地域公共交通の再生はできないだろう。

和歌山電鐵や中国バスの再生と、路線廃止表明後わずか19日でその幕を閉じた井笠鉄道のバス路線の再建や、その公設民営のモデルとなった津エアポートラインなどの具体的な再建経験をもとにして、どうすれば地域公共交通を地域づくりの観点から真の意味で救うことができるのか、現場サイドでの再生を通じて実証してきた。

私が携わった交通運輸事業の再生は、旅客船事業2社、新設1社、鉄道事業1社、バス事業2社、タクシー事業5社と物流事業5社と多岐にわたり、規制緩和後の交通運輸事業衰亡の実情に立ち向かい、再生してきた現場から、多くの規制緩和の功罪を体験してきた。

公共交通・運輸業の現場に立脚した政策や、コンサルティング、学術論が極めて少ない業界のため、多くの再生経験から、規制緩和後の公共交通の問題点を多々抱える行政や企業や市民団体から相談や助言と講演の依頼を受けることが極めて多くなった。

地域公共交通の問題解決には、経営を熟知した上で、公共交通の根本問題や技術的な実務と行政や市民などの地域との関わりから、一件、一件毎の対処法が異なるため、実際に再生をしていかなければ分からないといえる。

昨今、地方の疲弊が激しいが、豊かな日本創造のためには地方のしっかりした基盤が必要といえ、その地域で安全安心に暮らすためには地域公共交通の存在は欠かせない。危機に瀕している公共交通事業とは裏腹に、今後の高齢化の進展や、環境問題、マイカー主体の日常生活での運動不足からくる健康問題の解決等々に、地域公共交通の存在はますます重要になるといえる。

元気なまちづくりの一環として、それを支える地域の公共交通を救う一助となることを目的に、この問題に造詣の深い研究者や実務者とともにこの総研を設立する。

小嶋 光信
2013年4月4日

事業の内容

  1. 地域公共交通の経営分析と企業評価の実施
  2. 地域公共交通の路線分析と対策の立案
  3. 地域公共交通の経営改善策の立案
  4. 地域公共交通の破綻に伴う再建案の立案
  5. 行政と共同で地域公共交通の分析、研究や再建指導の実施
  6. 地域公共交通の政策課題の研究、分析と提言の立案
  7. 地域公共交通をテーマにした講演
  8. 公共交通の活性化へのイベントや事業の具体案の作成と社員教育と実地指導
  9. 安全・サービス教育指導
  10. その他地域公共交通の各種相談