津エアポートライン
社長 小嶋光信
津エアポートラインが2025年2月17日で開設20周年を迎えた。2月16日に「津なぎさまち開港20周年記念シンポジウム」が開催され、私もパネラーとして参加し、下記のように意見を述べた。
思えば波乱万丈で、多くの困難を乗り越えて今日を迎えられたのも皆さんのお蔭と心から御礼を申し上げたい。
津エアポートラインの誕生は、中部国際空港の開業に伴って空港のない三重県の海上アクセスとして四日市、津、松阪、伊勢、志摩の5航路の計画が作られたことに始まる。
航路の計画は作られたが、1航路も地元の旅客船事業者の応募がなく行き詰まっていた。
折しも岡山県での赴任時代に面識のあった津市の小林助役を介して航路実現を公約していた近藤市長が、なぜコンサルが作ったバラ色の計画へ旅客船事業者が応募してこないのか、その理由が分からないと相談に来られ、ボランティアで分析をしてあげたところ、コンサルの計画は酷いものだった。需要予測とは名ばかりで、予想される運賃でコストを逆算して出した黒字計画で、全く実態からかけ離れたものだった。それでも何とか航路を開設することができる名案はないかということで、たまたま私が規制緩和後に苦しむ地域公共交通の補助金に変わるビジネスモデルとしてヨーロッパ型の「公設民営」の導入を国策とするように活動していたので、研究の一環として分析してみた。
需要予測の5港中どこで実現可能かを分析したところ、5港全ては無理だが津市の一航路なら「公設民営」の航路として可能性があるという研究結果となり、その結果を津市長に提示した。津市長は三重県知事と相談し、県内は津1航路ということで、私の提案通り公募することになった。
ところが、今回は本当に黒字になる計画案にもかかわらずタクシー会社1社しか応募がなく、旅客船事業者の応募はなかった。海の世界を知らない事業者だけでは無理ということで、計画案を提言した私の両備運輸(現両備ホールディングス)も手をあげてくれという各方面からの強い要請があり「言い出しっぺ」で仕方なく手をあげて公募で選ばれることになった。
引き受けた理由は、海上アクセスの夢を三重県の皆さんに実現させてあげたいという気持ちと、私が提案している「公設民営」がビジネスモデルとして有効であるという実証がしたかったからだ。
この実証実験の成功が契機となり、「公設民営」として和歌山電鐵の再建で国の地方鉄道の公有民営制度ができた。
A:波乱万丈で不死鳥(フェニックス)のような津エアポートライン
順風の船出となったが、それから思いもしない数々の経営危機に見舞われた。
1.新たに2航路の参入で乗船客の争奪戦
中部国際空港の開業人気と名古屋万博景気で予想の2倍くらいの乗客で初年度から黒字になった。これを見た四日市市と松阪市は、三重県は「津市からの一航路」という方針に反して開港し、一気に3航路で乗客の争奪戦へと突入した。三つ巴の激しい競争で、津エアポートラインにも大きな被害が出たが、何とか経営努力で持ちこたえた。
我々の分析通り、開業景気と万博景気が沈静化すると四日市航路は客の激減に見舞われ、また松阪航路も需要計画を見誤って計画の半分程度の利用客数の上に燃料高騰で直ぐに経営危機となり、松阪市が燃料高騰代を補助したが、両社とも経営力がなく2~3年で破綻した。松阪市は新設の港の国家補助が10年続かなければ、補助金を国庫に返還せねばならないという切羽詰まった要請でこの破綻した松阪航路も併合し10年間続けた。
しかし今考えると、よくこの三つ巴の予期せぬ競合に打ち勝つことができたものだ。このことは我々の分析通り、津市の立地上の有利性を如実に証明する結果となった。
2.追い打ちをかける燃料代の高騰
高速艇の原価の一番は燃料代であり、2008年に燃料油の1バレル139ドルという異常な高値となり、この燃料高騰はその後ある程度収まったが、計画の2倍以上となり今後も大きく経営を圧迫する要因として今日まで続いている。
3.止めを刺されるか、4年以上続いたパンデミックのコロナ禍の恐ろしさ
2020年1月からの新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックでのコロナ禍は、世界的な人流制限で需要が一気に90%も失われ、わずか1割の収入となって、それもその極限状態が2年間も続いた。パンデミックは長くても1年半という予想を裏切って4年間も続き、3年目は少し戻ったとは言えわずかコロナ禍前の3割の収入で現在でも2019年度の65%程度にしか戻っていない。
4.この危機を何とか乗り切っている大きな要因
三つ巴の闘いを制して、いずれまたこのような需要を無視した参入がある危険性から経営努力で得た利益を、私をはじめ非常勤役員の報酬はほとんどゼロとして純資産と引当金を蓄えておいた。だが、これだけの資金をつぎ込んだが足らず、津市の公設民営を前提に運行継続支援金を設定していただき、三重県の感染予防実証運行や燃料高騰支援金、国の雇用調整金や地域公共交通確保維持改善事業の支援で何とか薄皮一枚で純資産はスッカラカンになったが、何とか持ちこたえることができた。公設民営の経営スキームに、私が成立に携わった交通政策基本法の理念である「公共交通は国、市町村などの自治体、市民と交通事業者で支える」というスキームが効果を発揮したと言える。
特に、津市の前葉市長の公設民営の筋を通しながら三重県の空の玄関口である津市の「なぎさまち」と海上アクセスを地域発展のために絶対に守ろうという強い意志に敬意を表したい。この市長の強い意志と決断がなければ、三度目の何とやらで津エアポートラインは破綻していたであろう。
B:失われぬ津エアポートラインの海上アクセスの強みと競争力
大事なことは、津エアポートラインの三重県における立ち位置だ。津エアポートラインは単なる民営による海上アクセスでもなければ津市のみの航路でもないと思う。
- 空港のない三重県としては津なぎさ町と津エアポートラインが空港と直結するアクセス手段=いわば三重県の我が空港であり津市が空港のゲートウエイといえる。
三重県は空港のない10府県の一つだ。もし空港をつくったらどうなっていたか。地方で最後の空港と言われる静岡空港は県庁所在地の静岡市から約45分の距離にあり、1,900億円をかけて開港され、目標が70万人だ。それを三重県の県庁所在地の津市に数十億円で「津なぎさまち」につくったようなものだ。愛知県だけの空港ではこれだけ費用対効果の高い地域創生の投資はあまりないだろう。
圧倒的競争力のある海上アクセス
- 速達性
津航路の海上45分に対して、陸路を行けば、特急などを乗り継いでも1時間40分、マイカーで高速道路を使って1時間25分と、他手段に比べ圧倒的に優位な速達性がある。
- 経済性
・津航路の2,980円に対して鉄道で特急などを利用して3,560円、マイカーで高速代5,460円(=3,460円+燃料代 約2,000円)が必要となる。
・駐車場が無料
例えば2泊3日だと津は無料だが、空港に3日間駐車すると1日1,600円×3日で4,800円かかる。
- 利便性
鉄道では乗り換えのたびに荷物を運ばなければならず、手間が少ない。
上記のようにあらゆる点から検討しても、津エアポートラインの優位性は揺るがないと言える。
C:今後の航路継続の課題
コロナ禍での問題は人流制限の解除だけでは解決せず、大きく言って下記の4つの課題が現在でもある。
- 中部国際空港の旅客数がピークの約60%しかもどっていないので、この旅客数の復活がいつになるか?
- 運航便数が現在コロナ禍前の約7割だが、どのように戻すのか?
- 燃料の高騰にどう対応するか?
- 高速艇が20年経過し、新船建造をどうするか?
- 津市単独ではなく、国や三重県も入ったリデザインとして、定期検査費用など本来の公設民営へとどのように進めて行くか?
D:航路維持だけではなくこの航路を通じてどのように地域活性化へとつなげていくかの「夢」は何か?
津エアポートラインは単なる民営の海上アクセスという機能だけではなく、津市のみならず三重県の活性化のキーとなるだろう。
先進国はみな観光国であり、今後インバウンドを含む観光が地域発展の要になってくる。
三重県は伊勢神宮や熊野古道、伊勢志摩等と観光名所とグルメに恵まれているが、主として京阪神や中京圏の観光客が主体になっている。これからのインバウンドは世界で62兆円とも言われるアドベンチャーツーリズムが付加価値の高い観光になるが、まさに三重県はこのアドベンチャーツーリズムの宝庫と言える。このゲートウエイとして国際空港に直結した当航路と「なぎさまち」はこれからの三重県の観光産業の大きなキャスティングボードを握っていると言える。
そのためには、
- 世界からのゲートウエイに相応しいように「なぎさまち」に三重県の観光・物産も展示した全国でも初めての「空と海との”道の駅”」をつくり、賑わいの創造を図る。
- 世界のインバウンド客が当航路を選ぶようなデジタル対策をする。
- 三重県は外国人に人気の「伊賀忍者」の里として、高速艇も忍者高速艇を謳っているが、船員服も忍者の格好をして航路の存在感を高めていく。
- 将来は、今、研究開発されているシーグライダーという飛行機と同じような速度と、EVによる環境に優しく燃料代が飛躍的に安くなる夢のモビリティが4年後に実用化される夢を共有し、伊勢湾を運行する当航路はこの種のモビリティにはうってつけの航路で、わずか16分で三重県と空港を結ぶことができる。この夢のモビリティの社会実装の実験に手をあげたい。
これからの地域発展には他の地域がやらない、世界でもアッといわれる地域に育てていくことが大事だ。三重県に何十分の一の費用で空港をつくったというくらいの大きな気持ちで、この航路を育てていくことが肝要だ。