両備ホールディングス 社長
小嶋光信
昨年の暮れ、神戸国際大学で、ライトレールの普及を図るパネルディスカッションに招かれて、岡山電気軌道のMOMOと和歌山電鉄の取り組みなどの事例発表に行った際、韓国のソウル市の公共交通の取組みをSDI(ソウル市政開発研究院)のキム・ジョンチュル(金敬喆)氏の発表でお聞きして、腰を抜かすほどびっくりしました。
それは、今度の韓国大統領の有力候補になっているイ・ミョンパク(李明博)さんがソウル市長のとき、都市の環境のため、
- ソウル中心部のチョンゲチョン(清渓川)の上に架かっていた約6kmの高速道路を解体して元の川にもどす。
- それによってマイカーの通行が不便になるが、公共交通にシフトを図る。
- バス専用レーンを充実して、マイカーを規制する。
- そのためにバスを便利にするためバス運送事業組合を作り、58ものバス会社を一つのコントロールにまとめ準公営化する。
- バス交通の管理と情報センター(Seoul TOPIS)を作って、バスマネージメントシステムを確立する。
- 3人乗り未満の車に課金をするロードプライシングで、2人乗りや1人乗りのマイカーを抑制する。(南山1・3号トンネルにて1996年から実施)
- 監視カメラシステムでマイカーの駐車禁止の罰金をとる。
という途方もないビッグプロジェクトでした。
高速道路を壊して元の川に戻すなどという、自分の利便性しか考えられない日本の市民の共感を得ることは不可能に近いことをやり遂げた韓国のパワーに敬意を表するとともに、バス再編をなしえた韓国を見てみたいと思いました。
そこで今回は、岡山県バス協会の視察として、10月10日と11日の2日間で、韓国の安養市とソウル市を訪れました。岡山電気軌道の沼本さんがアレンジしてくれましたが、大変参考になる視察でした。
安養市のバスインフォメーションシステム
第一の視察は、人口約70万人で比較的岡山市の人口規模に近い安養市で、市庁舎内のバスインフォメーションシステムを視察しました。
システムの拡充は2003年から4段階に分けて行われ、市内2社、区域17社をコントロールするバスロケシステムで65億ウォンをかけて、安養市が独自に作ったものでした。
このバスロケの特長は、
- 市が市民サービスとして全額負担している。
- 4つ前の停留所に来たら、表示する。
- 定時の考え方が日本と異なり、等分間隔のダイヤなら、その間隔を維持して、団子になったり、離れ過ぎることをコントロールすることに主眼がおかれている。
- バス企業はその情報を利用して、市民サービスになるダイヤの設定と運行管理に努力する。
- 市民は携帯電話でバスロケの情報を見ることが出来る。
- バス停表示板上に市政情報を載せて、市民への広報に活用している。
バスロケの費用を市が負担する背景は、これによってバス利用が増えてバス会社の経営に資するということのメリットは少ない、とのことから、シビルミニマムとしての都市交通の利便性を市民に情報提供するというスタンスでした。
バス会社に負担を強いる政策でのバスロケが日本で進展しないのは、これでバス需要が目に見えて増えないため、バス会社の費用対コストのパフォーマンスが悪いからです。それを安養市では、市民サービスと都市環境と地球温暖化防止を目的として、政策側が負担するというすっきりしたものでした。
では、バス需要が増えないならバスロケをしなくてもいいかというと、マイカー規制を中心とした交通需要政策には、ぜひ必要なシステムなのです。しかし、これは民がするものではなく、官がすると、明解にしないと進展しません。
ソウル市の政策
ソウル市においても
- 公共交通を分かりやすくし情報提供する。
- 市の情報も一緒に流す。
- 情報を民間に売却する。
- 道路の状況を把握し、ロードプライシングや違法駐車の無人取り締まりに役立てる。
- バスは、CNG(圧縮天然ガス)バスを基調にする。
を政策にしています。
韓国の行政は、公共交通の公共性の部分の費用負担を分担率で民間に押し付けるのでなく、キチンとフェアに全額負担している点が印象的でした。
日本のように、財政が苦しいからといって、何でも民間に押し付けてしまうような状況と異なり、国家として、地方行政として、明確に都市環境や地球温暖化防止を掲げて、市民にもその負担と協力をはっきり明示している点が立派です。
マイカーから公共交通にシフトさせる、そのために情報システムやICカードのシステムをしっかりするだけでなく、公共交通にシフトさせる政策をはっきり示しているのです。彼らはそれを実施するため準公営化してバス再編を行っています。
マイカーから市民をシフトさせてバス需要を増やすために、
- パーク&ライド(福井駅)やバス専用レーン(江南大路)を設置する。
- 3人乗り未満の車からは2千ウォンを通行のたびに徴収する。(ソウル市)
- 幹線道路では、5分以上の駐車には無人監視で罰金徴収する。
- バスロケで定時間隔を維持する。(ソウルでは95%を達成)
と、これらを実施し、その相乗的効果でバスへの利用転換を図っていることが印象的でした。
しかも顧客満足度は、これらの施策により85%を確保していました。
バス会社は運行をキチンとして、市民の満足を得られるように、安全・安心に「運行」することが責任でした。
バス会社「brtKOREA」
その現状をバス会社側から見ようと、2004年7月のソウルバス再編の直前の2003年に、5社が共同出資して起業し、現在188台保有している「brtKOREA」社を訪問しました。
業績順調というのも、ソウル市ではバス運送事業組合になって統制のとれた運行になる対価として、標準原価に一台あたり日本円で100万円の適正利潤を認めているところが特長的です。
一方、キチンと事業が行われているかをみるために、市民アンケートや評価システムがあるようで、今この内容を準公営化に携わった運送事業組合交通政策研究院の都博士に、岡山県バス協会を通じて調べるように頼んでいます。
この会社はバス運転者に人気のある会社で、9人の募集に100名が応募するという規制緩和前の日本の状態でした。社長のソン・ドンホ氏は良い運行のためには運転手さんの採用が大事ということで、次の採用条件を掲げています。
- 精神的に安定していることが運転に大事で、家庭の安定を第一にみている。
- 事故歴や書類審査をする。
- 前職の勤務状態を聞き取り調査する。
- 実技試験する。
ここで採用されると、今度は班長が実務の他にお客様への「親切」を教えるということが印象的でした。
これをみても、生活の安定が安全の前提で、規制緩和で賃金や会社の業績が競争で大幅に悪くなり、大事故が起こる背景を、企業の責任にだけに押し付けている日本の行政との違いが明確です。「衣食足りて礼節を知る」がごとく、「衣食足りて安全の確保が出来る」のです。
さらに各社で採用されると、今度は組合で教育して試験を行い、合格の資格を与えるというものでした。
両備グループでは、3社が共同教育を受ける点は一緒ですが、試験をして両備グループ水準のバス乗務員としての資格を与えるようにはっきりしたシステムにすることが必要でしょう。
出来て4年の会社で施設も立派でしたが、
- 会社の見えないところの清掃状況が今ひとつだった。
- バスの清掃状況も良いと言えるものではなかった。
- 運転は業界の中でトップクラスというが、乗車してみると「加速が早い」「ブレーキが激しい」など、日本では車内事故が発生しないか心配な運転でした。
会社のモラルは高かったのですが、かえって日本のバスの乗務員のレベルの高さを実感しました。
終わりに
今回の韓国視察で分かったことは、行政とバス会社の役割が日本では曖昧で、特に規制緩和後は路線維持も公共システムつくりも民間に押し付けになっていることが問題であると思いました。
国家や行政はインフラの負担をし、運行の確保と安全・安心という品質の維持を民間バス会社がするという明確な分担が韓国にはありました。韓国型の準公営化が良いか、ヨーロッパ型の公設民営型が良いかは更に検証がいりますが、このままでは日本の規制緩和後の地方公共交通が衰退の道を進むことは明白です。
また日本では、都市環境や温暖化防止に対する国家や行政の姿勢がマイカー中心の国民の反発や政治家の票離れを恐れるがあまり、全く掛け声倒れです。市民、国民にもはっきり負担や協力を求める姿勢を鮮明にして、予算がしっかりした政策でないと前に進みません。特に地方では、このままでは過疎の問題も含めて、バスのネットワークは無くなって、公共交通そのものが死滅する懸念があります。
先進国として、一部の大都市と地方都市の黒字の一部路線しかネットワークとしての公共交通が残らないただ一つの国に、すなわち開発途上国以下の交通手段もない国に成り下がる懸念を今回の視察で感じました。
行政と民間バス会社の強力なコラボを築けるか否かが、今後の大きな課題です。