夢二郷土美術館
館長 小嶋光信
約90年の時を超えて、一人の「夢二式美人」が故郷・岡山へ帰ってきました。
その名は、《南枝早春》。私たちがよく知る、しなやかな線で描かれた夢二式美人とはどこか違う。油彩画を思わせる色彩と量感をまとった女性が、静かにこちらを見つめています。
この作品は、夢二がドイツ滞在中、通訳などで大変お世話になった外交官・故今井茂郎氏のご家族によって、約90年もの間、大切に守られてきました。そしてこのたび、「ぜひ夢二の故郷・岡山へ」と当館にご寄贈いただき、ついに里帰りを果たしたのです。しかも、それが夢二郷土美術館の創立60周年の直前。これは不思議な巡り合わせというより、夢二が私たちに届けてくれた60周年の贈り物なのかもしれません。
夢二郷土美術館は1966年、初代館長・松田基氏が、夢二作品を蒐集し、「いつの日か夢二の作品を故郷・岡山へ里帰りさせたい」という願いを込め、両備グループ創業の地・西大寺に、日本初の夢二専門美術館として開館しました。
あれから60年。
その願いに応えるかのように帰ってきた《南枝早春》を初公開する今回の特別展のテーマが、「夢二とドイツ」です。
実は、ここからが面白いのです。日本で「夢二式美人」を生み出し、一世を風靡した竹久夢二は、晩年、新しい境地を求めて、念願だったアメリカ、そしてヨーロッパへと旅立ちます。ところが、海を渡った夢二を待っていたのは、必ずしも華々しい成功ではありませんでした。日本では誰もが知る人気画家だった夢二も、海外では、日本で評価された表現がそのまま受け入れられるとは限らないという現実に直面します。そこで夢二は、「それならば」と、新しい表現に挑戦します。その一つが油彩画でした。ところが、ここでも夢二は苦労します。持っていた絵具では、白人女性の肌の色をなかなか思うように表現できない。それでも夢二は試行錯誤を重ね、油彩画「西海岸の裸婦」を残しました。
この作品にも、不思議な「里帰り」の物語があります。当時、アメリカで夢二を支えた著名な写真家・宮武東洋氏。そのお孫さんから「日本へ里帰りを」と当館へ託され、現在、夢二郷土美術館の所蔵となっています。
そして、夢二はアメリカからドイツへ渡ります。ここで夢二は、また新しい顔を見せます。今度は「画家・夢二」だけではなく、「先生・夢二」になるのです。夢二はバウハウスより独立した造形美術学校のイッテン・シューレに招かれ、若い画学生たちに日本画を教えました。今回の特別展では、そのとき夢二が学生たちに描いて見せたお手本や、夢二から学んだ画学生たちが描いた日本画もご覧いただけます。これが、なかなか面白い。異国の若者たちを前に、夢二は「日本画とは何か」「日本の美とは何か」を、言葉だけでなく、実際に筆をとって心で伝えようとしています。作品を見ていると、夢二先生のまわりに学生たちが集まり、「先生、これはどう描くのですか?」と一生懸命のぞき込んでいる光景まで浮かんでくるようです。日本で大人気だった夢二が、遠いドイツの教室で、今度は日本文化を伝える先生になっている。私は、ここにも今回の展覧会の大きな面白さがあると思っています。
そして、そのドイツ滞在中に夢二を支えた一人が、外交官の今井茂郎氏でした。今井家では、《南枝早春》に描かれた女性は、夢二がお世話になった今井氏の奥様がモデルではないかと考えられています。ここでぜひ、《南枝早春》と、夢二式美人の集大成ともいえる代表作《立田姫》を見比べてみてください。同じ夢二が描いた女性なのに、ずいぶん印象が違います。《立田姫》には、日本画ならではの線の美しさと、私たちがよく知る夢二式美人の世界があります。一方、《南枝早春》には、油彩画を思わせる量感や色彩感覚が感じられます。
私は、この作品を単なる「海外時代の夢二作品」として見るだけでは、少しもったいないと思っています。アメリカで油彩画に挑戦し、ヨーロッパで西洋美術に触れ、それでも自分の中にある日本の美を失わなかった夢二。その「西洋」と「日本」の出会いから生まれた、新たな夢二式美人ではないでしょうか。いわば、夢二が海外を旅したからこそ生まれた、和洋折衷の「夢二式美人」です。そう考えると、《南枝早春》の女性の表情が、また少し違って見えてきます。
夢二は、海外で何を見たのか。何に驚き、何に悩んだのか。そして、何を日本から世界へ伝えようとしたのか。今回の特別展では、夢二が学生たちに示したお手本や、画学生たちの作品、訪欧中の日記などを通じて、その足跡をたどります。今回の展示では当館所蔵の作品・資料だけでなく、京都国立近代美術館や正宗文庫からお借りした貴重な資料もご覧いただけます。作品を一枚一枚見ていくと、「夢二式美人の夢二」という私たちが知っている姿の向こうから、世界に挑戦した、もう一人の夢二が姿を現してきます。
そして今回の「夢二とドイツ」は、小嶋ひろみ館長代理が今井家から《南枝早春》ご寄贈のお話をいただいたことから始まりました。「この作品は、夢二にとってどんな意味を持っていたのだろう?」その疑問を解き明かすため、自らドイツ、フランスへ渡り、夢二の足跡を現地でたどりました。今回の展覧会には、その研究成果とともに、「晩年の夢二をもっと知ってほしい」という思いが込められています。
振り返れば、夢二郷土美術館の60年もまた、夢二を追い続け、夢二を故郷へ帰してきた60年でした。1966年、両備グループ創業の地・西大寺に開館。1970年には夢二生家を分館とし、1979年には、夢二が自ら設計したといわれる、生涯ただ一つのアトリエ兼住居「少年山荘」を復元しました。そして夢二生誕100年を機に、旧西大寺鐵道・後楽園駅跡地へ本館を移転し、今日に至ります。その原点にあったのが、「夢二の作品を故郷・岡山へ」という願いでした。
そして創立60周年の今年。約90年間、一つのご家族によって大切に守られてきた「南枝早春」が、その願いに導かれるように岡山へ帰ってきました。60年前に蒔かれた一粒の種が、60周年の年に、また一つ花を咲かせたような気がしています。だからこそ今回の特別展では、ただ作品をご覧いただくだけではなく、ぜひ皆さんにも夢二と一緒に旅をしていただきたいと思っています。
日本からアメリカへ。そしてアメリカからドイツへ。
夢二と一緒に海を渡り、悩み、挑戦し、ドイツでは少しだけ画学生になった気分で、夢二先生のお手本をのぞき込んでみてください。そこには、私たちがよく知る「夢二式美人」の夢二とは、また違う夢二がいるはずです。日本で成功しても満足せず、晩年まで新しい表現を求めて世界へ挑戦した竹久夢二。そして、その旅の記憶を秘めた《南枝早春》が、約90年の時を超えて故郷へ帰ってきました。
創立60周年の夢二郷土美術館で、ぜひこの一枚と向き合いながら、「まだ私たちの知らない竹久夢二」を発見していただければと思います。
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